【報告】第5回BreakTalks「テーマ:トランス女性とスポーツの現場」(2022.6.29)

6月29日(水)、S.C.P. Japanは、第5回目となるBreakTalksを実施しました。今回は、2020年からY.S.C.C.横浜(J3)でアスレティックパフォーマンスコーチを務めている松本 珠奈(まつもと しゅな)さんをゲストに招きました。珠奈さんは、ドイツに生まれ、ドイツやアメリカでコーチングについて学んだ後20年以上に渡って陸上のコーチやアスレティックパフォーマンスコーチを務めています。また、2022年にトランス女性であることを公表しています。

※1生まれた時に割当てられた性別と、自認する性別に違和がある人々の総称をトランスジェンダーと呼びます。なかでも、心だけでなく身体的にも本来の性に近づけたいと考える人たちのことをトランスセクシュアルと呼びます。トランス女性は、出生時、男の身体性と自らを女性であると認識する性自認が一致しないトランスジェンダー(トランスセクシュアルを含む)を意味します。

今回のBreakTalks では、珠奈さんのこれまでの経験や考え、働き方、これからのスポーツ界および広く社会に必要なことについてお話を聞きました。さらには珠奈さんのお話をきっかけに、「トランスジェンダーとスポーツ」「トランスジェンダーと社会」などについて参加者で意見交換する機会となりました。

ゲストトークに先立って、S.C.P.Japanメンバーの折目が、本日のテーマである「トランス女性とスポーツの現場」に関連する現状や課題について説明しました。

IOCは、スポーツ界におけるトランスジェンダー選手の競技参加に関わる方針として2021年11月に「公平で、包括的、そして性自認や性の多様性に基づく差別のないIOCの枠組み」を策定しました。この方針の中で、IOCは選手の大会出場に関して全競技共通の性別カテゴリーに関する基準は設置せず、各競技団体が競技の特性を踏まえて基準を策定することを規定しました。今後各競技で性別カテゴリーに関するルールが規定されていくことになります。一例として、最近、国際水泳連盟がトランスジェンダー女性の女子カテゴリーでの試合出場を認めない方針を示したことにより、これまでの実績が十分にある彼女たちが女子カテゴリーで試合に出場することが出来なくなってしまった例を紹介しました。

また、一般レベルのLGBTQ+当事者のスポーツへの参加についても触れ、周囲の無理解や知識不足、さらに性別に基づいて行われてきたスポーツの仕組みや構造などの理由により、LGBTQ+の若者、とくにノンバイナリーの若者がスポーツに参加する割合が低い状況にあることを説明しました。

※2 LGBTQは、Lesbian(レズビアン、自身の性自認が女性で同性の女性が恋愛対象の人)、Gay(ゲイ、自身の性自認が男性で同性の男性が恋愛対象の人)、Bisexual(バイセクシュアル、自身の性自認に関わらず、男性も女性も恋愛対象の人)、Transgender(トランスジェンダー、出生時に割り当てられた性別と、自認している性別に違和がある人)、Queer(クィア、性的指向や性自認が多数派ではない人)やQuestioning(クエスチョニング、性的指向や性自認を決められない、わからない、あえて決めない人)の頭文字をとった言葉で、LGBTQに収まらない性の多様性を「+(プラス)」で表現しています。

※3 ノンバイナリーとは、自分の性自認が男性・女性という性別のどちらにもはっきりと当てはまらない、または当てはめたくない、という考え。

このようにLGBTQ+当事者のスポーツ参加についてはまだまだ課題はあります。一方で、昨年行われた東京2020大会には過去最多となる211人のLGBTQ+をオープンにしている選手がオリンピックに参加するとともに、本大会が自認している性別カテゴリーでトランスジェンダーを公表している選手(ローレル・ハバード選手)が出場することができた初めてのオリンピックであったことも説明しました。

ハバード選手の大会出場は、トランスジェンダー当事者を可視化させ、若者のロールモデルになったばかりではなく、スポーツ界や社会においてさまざまな対話が生まれました。大会を通して、ハバード選手をはじめとするLGBTQ+アスリートが未来のスポーツ界とユースに向けて、たくさんのメッセージを伝えました。

その後、ゲストトークとしてS.C.P. Japanでインターンをしている鳥塚が、インタビュー形式で珠奈さんのこれまでの経験やカミングアウトに至った想い、今の社会やスポーツ界に求めることなどについて思いを伺いました。

珠奈さんのスポーツとコーチング経験

珠奈さん:「幼少時期を過ごしたドイツで12歳から陸上を始めました。ドイツはコーチングのライセンス取得制度のシステムも整っていること、ライセンスを持つコーチが所属するクラブは良い評判を得てクラブ入会者の増加に繋がること、地域によってはライセンスを持つコーチが指導するクラブには助成金が付与されることなどから、チーム側もコーチを育てることに積極的です。
そんな環境で陸上に取り組む中で14歳の頃から自分の所属する陸上クラブのコーチのアシスタントとして、子どものコーチングに関わるようになりました。メインコーチと共にコーチを務めることで指導方法について実践を得ながらコーチングの実績を積んでいきました。その後、アメリカのAthletes’ Performance(現在のEXOS)という組織でコーチングを学びました。『男女で差を付けないトレーニング』や『筋肉を鍛えるのではなく動きを鍛える』というポリシーに賛同したのがこの組織で学ぶことを決めた理由です。コーチングをするうえで、自分の指導した選手がいつか誰かのコーチとなれるよう、人を育てることが私の使命であり、重要なことだと考えています。」

カミングアウトまでの経緯、周りの反応

珠奈さん:「小さい頃は、性自認(Gender Identity, 自分自身の性別をどのように認識しているかということ。身体的構造と必ずしも一致しているわけではない)を特に意識していませんでした。周りが髪の長い自分も、女の子のような可愛らしい顔も自然に受け入れてくれていたことも関係しています。男でも女でもなかった自分の性自認が、成長するとともに女性に変わりました。ドイツでも昔カミングアウトしたことがあり、1年間は女性として社会生活を送りましたが当時仕事の実績もなく、様々な部分で困難があったため周囲にカミングアウトすることを諦めるようになりました。」

「2013年に日本に拠点を移した際に、新しい生活が大変でしたが、スカートを履いたりすることが自分であることを確認出来る時間でした。一方で、以前からメイクやネイルをしていたものの、周りからどのように見られるかを心配し、それについて何か質問を受けた時に説明できるよう、メイクするのは肌の荒れをファンデーションで隠すためなどの理由を考えながら生活していました。それでもカミングアウトしたい思いはあり、Y.S.C.C.横浜に入って2年目あたりから、インスタでトランスジェンダーであることが伝わる写真を載せたり、今までよりメイクを濃くするなどの方法で、少しずつオープンにして生活をするようになりました。
Y.S.C.C.横浜では、いつ意思表示しようか考えていたところ、監督に先に指摘され、その流れで自然にカミングアウトすることになりました。その後、監督がクラブに説明してくれました。また私が知らないところで監督が選手に私の性自認について説明してくれたことも後から知りました。クラブの他の男性コーチたちは気を遣ってくれていたのか、私がコーチの部屋で着替えをしている際には入って来ないようになりました。
Y.S.C.C.横浜には、さまざまなバックグラウンドをもつ選手たちが所属しています。このような理由もあってか、私に対しても批判や保守的な反応や対応はなく、いろいろな人を認めようとしているチームだと感じます。」

トランスジェンダーとスポーツ

珠奈さん:「陸上をしていた時に男性選手として競技に取り組むことについて嫌悪感はありませんでした。今でも陸上競技は男子の競技種目をやりたいという気持ちがあります。自分が取り組んでいた陸上競技の混成競技では男子は十種競技、女子は七種競技と種目数が異なっています。より多くの種目がある十種競技が好きですし、慣れていることもあり、可能ならば女子選手として、男性競技にしかない十種競技に参加したいと思っています。また、陸上ではトレーニングは男女が混ざって実施し、男女別の練習メニューもないため、性別での違和感も嫌な気持ちもありませんでした。また、現役選手として競技やっている時は、競技に集中し必死であったことから性自認については考えることはありませんでした。(他のトランスジェンダーの方とは異なる点かもしれませんが)」

「私はトランスジェンダーを公表しています。現在、コーチでありこれまでの選手としての記録やコーチングの実績で性別に関係なくコーチとして勝負できるのでトランスジェンダーであることは仕事をするうえで支障もありません。一方で、選手は、試合に出場出来る「性別」のカテゴリーにより、競技を続けることが出来なくなることもあるため、トランス選手は非常に厳しい状況にあると思います。ただ、ルールを変更したり、性別カテゴリーに関するルールを明確に設定したりすることでこれらの状況は変わるとも考えます。」

Q&A/交流セッション

前半のゲストトークを受けて、後半は参加者の方が積極的に意見交換をすることで交流する時間となりました。

珠奈さんは、LGBTQ+当事者も自然に生活している。周りにいる人も、「Lだから」、「Tだから」という特別な接し方でなく、LGBTQ+当事者の振る舞いを特別視せず、当然のものとして受け入れられるようになれば、他者への差別も生まれないのではないでしょうかとコメントしました。

また、社会の中で女性しか出来ない仕事、男性しか出来ない仕事などの制限がかかる場合がありますが、実力のある人が性別に関係なく、仕事に就くことが出来るにようになれば社会は変わるのではないかともコメントしました。例えばコーチという職業においては、指導する内容や方法について性別による違いはありません。またこれまで珠奈さんはクラブに通う子ども、大人のプロ選手、パラリンピックに出場してメダルを獲得した選手など様々な選手の指導にあたってきましたが、障害の有無や年齢は関係なく、自分にとっては同じアスリートとして同様に接していると、彼女自身の他者への接し方についてもコメントしました。

S.C.P. Japanは、BreakTalksを通して今後も多様なゲストや様々な活動を紹介し、多様な人々が集まる場となることで、多様性や共生社会についてより深く考えるきっかけを作りたいと考えています。

多種多様な方々15名にご参加いただき、参加者及び関係者の皆様に心より感謝を申し上げます。

最後に本企画を実施するにあたり、参加を快くお引き受けいただきました珠奈さん、運営面で動いてくださったボランティアスタッフ、手話通訳の皆様、そしてご参加いただきました参加者及び関係者の皆様に心より感謝申し上げます。

【報告】ファジアーノ岡山アカデミー様を対象にセーフガーディングワークショップを実施いたしました。(2022.7.12)

2022年7月12日(火)ファジアーノ岡山アカデミースタッフ・コーチの皆さまを対象に「セーフガーディングワークショップ」を実施させていただきました。

今回S.C.P. Japanは、ファジアーノ岡山アカデミー様のセーフガーディングポリシー作成において、「コンサルテーション」と「ワークショップ実施」という形でお手伝いをさせていただいております。

スポーツの中で起きる暴力・ハラスメントが近年ようやく可視化・問題視をされ始め、国際的なスポーツ組織を筆頭にスポーツ界でもセーフガーディングの取り組みが急速に進んでいます。しかし、日本国内ではまだまだ十分なアクションがなされていません。そのような中で、昨年のジェフユナイテッド市原・千葉アカデミー様の取り組みに続き、同様にJリーグ所属のトップチームを有するファジアーノ岡山様のような大きなクラブが取り組みをされていること、そして弊団体もその素晴らしい取り組みにご一緒できることを大変嬉しく思います。

今回の研修はアカデミーのコーチ・スタッフにご参加いただき、対面の講義形式で実施をいたしました。人権・子どもの権利のお話を交えながら「セーフガーディング」の意味と必要性をお伝えし、そもそも暴力・ハラスメントとは何か、そしてなぜスポーツの現場に「セーフガーディング」が必要なのか、などポリシーの内容だけを理解してもらうのではなく、スタッフの方一人一人がアクションの必要性を本当の意味で理解し、今後主体的に取り組んでいただけるようお話をいたしました。
ご参加いただきました皆さま、クラブ関係者の皆さま本当にありがとうございました。

S.C.P. Japanは、プレーヤー・指導者・スタッフ、子ども・大人などの立場に関係なく、関わる全ての人が安心・安全に参加できるスポーツ環境を創っていきたいと考えております。

今後もS.C.P.Japanは各所と連携をしながら、セーフガーディングの取り組みを続けていきます。セーフガーディングポリシーの策定や研修の実施などにご関心がある方は是非以下よりお気軽にご連絡ください。